牛丼の吉野家に親子丼や唐揚げは必要か?
1899年、東京・日本橋で牛丼が誕生させ、1971年、日本で最初のチェーン化をスタートさせた牛丼の吉野家。20年前、BSE問題で露呈した単一事業のリスクを回避する為、いろいろなメニューを展開してリスクとリターンの最大化を目指している。
メニューが多品種化すると経営資源も分散し、単一事業に集中するよりも利益率が低下する。しかし、それでも多様なニーズに対応して店のイメージを刷新しながら挑戦する必要がある。もう20年前に危機的状況に陥って学習したことを商品戦略に反映させている。
カレーや豊富な定食メニュー、焼き鯖を用いた朝食メニュー、鰻、すき焼きなど多岐に渡る品揃え。その中でも、現在、吉野家ファンから人気を博しているのが、唐揚げと親子丼である。
牛肉の仕入れに優位性があり、牛丼のイメージが強い吉野家が導入する鶏肉料理。「餅は餅屋」で、その分野の専門家が最も優秀であると言われる中、鶏肉料理にチャレンジする吉野家。社会が成熟化して、人々のニーズが多様化・高度化してくると、それぞれの専門店に任せるのが最適だとされるが、お客さんの反応はいかがだろうか。時代の波とともに、専門化と総合化が交互に訪れる中で、牛丼の吉野家が販売する親子丼や唐揚げをお客さんは選択してくれるだろうか。その道一筋で、経営資源を集中している専門店の方が、本物の味を堪能できると言う人も多いのではなかろうか。
牛丼専門店が提供する唐揚げより、唐揚げ専門店「からやま」が提供する唐揚げの方が安くて美味しい、親子丼がコア商品である「なか卯」の方が、美味しいというイメージがあるのは確かだ。そういった中で、いくら需要があっても、吉野家が出す親子丼や唐揚げはありだろうか?
すかいらーくグループの中核業態であるガストが、同じグループの唐揚げ専門店である「から好し」の売れ筋メニューをガストでも販売し、お客さんから好評を得てグループ内のシナジー効果を発揮しているが、それらとは全く異なる。ブランドからの連想としては、牛丼の吉野家というイメージが定着している中で、お客さんが唐揚げや親子丼にどれだけ期待して注文するだろうかである。
でも、実際に食べてみたら分かるが、美味しく価格もリーズナブルで、また食べたいと思う唐揚げと親子丼である。牛丼チェーン店のイメージがあり過ぎて、お客さんが他に行くのは勿体ないから、もっとその良さをアピールした方がいいと思うくらいだ。筆者はお奨めする商品である。
今後、商品ポートフォリオの観点から、吉野家のラインナップの中で、成長商品・成熟商品・衰退商品を数値に基づいて見極め、これらの位置づけを、どうするかの判断が必要だ。経営資源を適切に分配し、利益の最大化を目指す取り組みは必須だ。
そもそも吉野家とはどんな外食チェーンか?
牛丼を日本の食文化に定着させた吉野家の功績!
「早い・安い・うまい」の三拍子で成長した牛丼の吉野家。看板商品である牛丼に誇りとプライドを賭け、牛丼業界のリーダーとして絶対的な存在感があった。キャッチフレーズの「早い・安い・うまい」を世間にアピールし、牛丼を日本の食生活に浸透させた立役者でもある
「早い」は、スピーディーに商品提供ができる仕組みが確立されていること。駅前や繁華街の好立地では、ピーク時には客席の滞在時間が10分程度で、1時間に約6回転させた店も多くある。高い客席回転率が店の強みで、これらが儲けの源泉だった。過去には、牛丼の盛り付けには熟練職人の高度な技術が必要だったが、それを今はどんな人でも特殊な(47個の穴がある)おたまを活用し、スピード提供を可能にした。
「安い」は牛丼に特化したことで、牛肉の仕入れにおいてスケールメリットを発揮して原価を低減、店員の作業も単純化・標準化し、提供スピードを高め人件費も削減。飲食店で費用の大部分を占めるFL(原価+人件費)コストを抑制した最適なビジネスモデルを確立した。メニューを牛丼に絞って、より多く提供するから習熟度合いが高まり、より早く提供できるのは当然だろう。2000年のデフレ時、280円だった吉野家の牛丼は安さが際立った。(現在は468円税込)。輸入停止前は、主要食材である米国産ショートプレート(ばら肉)は1Kg当たり60円で100g使用し、玉ねぎ、調味料を合わせても約80円の原価で売価300円でも原価28%程度だったようだ。それを高回転で販売していたと考えると、吉野家にとって看板商品であり、ドル箱商品でもあったんだなと思う。
「うまい」は、より美味しい牛丼づくりと、その美味しさを維持するための体制が確立されており、美味しい牛丼づくりのノウハウと情熱が吉野家の歴史を物語っている。使用食材の品質や安全は当然のこと、世の中や顧客の嗜好の変化に対しても、変えるものと変えないものを明確にし、顧客に長く愛される牛丼になっていた。
効率経営で外食業界の模範だった吉野家を支えたモノとは!
吉野家は経営効率が高い模範企業として、外食業界で紹介されており、店長の年収の高さは群を抜いていた。そのため、吉野家の経営を見習おうという企業も多かった。店のお昼のピーク時間帯は、大量に来店する客を効率的に捌いており、客席を1時間で6回転させるための効率的な仕組みも確立されていて勉強になった。徹底した事前の段取りと、それを実現するための、ムリ・ムダ・ムラを排除した什器・厨房機器の配置や作業手順、ワンオペを可能にし、スタッフの肉体負担を軽減させた作業動線の短縮化と効率化重視のレイアウトは大いに学びがあったと思う。今も進化を続けており、調理ロボット(味噌汁・ごはん)を効果的に活用し、調理場内の人とロボットの協働体系が確立され、料理提供が更にスムーズになっている。こういった工程分析と作業研究(動作研究と時間研究)から確立された作業の標準化で、安くて美味しい料理を早く提供できるようになったのだ。これらを実現できたのは牛丼という単一事業に特化していたからでもある。
吉野家の業績(公式サイトの決算資料より)(百万円)
2020年2月期 2021年2月期 2022年2月期 2023年2月期 2024年2月期
売上 216,201 170,348 153,601 168,099 187,472
営業利益 3,926 -5,335 2,305 3,434 7,973
営業利益率(%)1,8 -3,1 1,5 2,0 4,3
コロナ禍での外食不況の中で、極端な不振に陥ったが、テイクアウトやデリバリーで何とか店を維持してきた。コロナが収束し、外出制限が解除された今、コロナ前(2020年)の売上には及ばないが、売上は回復傾向にある。
現在、吉野家(国内)1,232店、はなまるうどん(国内)416店、グループ総数(海外含む)2,773店を有する。主な海外進出先は、中国北京281店、インドネシア155店となっている。中国への進出が早かったのは米国産牛の輸入停止に伴う代替牛に中国産を検討していたからのようだ。
米国産牛肉の輸入停止で経営危機に陥った吉野家!
2004年に発生したBSE問題の前は、日本はアメリカにとって最も牛肉を買ってくれる上得意様であった。そのため、米国のパッカーは日本国民の嗜好に合わせた日本仕様で、穀物肥育の牛を輸出してくれていた。その米国産牛が2003年12月24日、アメリカでBSEの疑いのある牛が発見され、日本は即座にアメリカ産牛肉の輸入を停止した。牛丼チェーンでは、牛肉食材のほとんどを米国産牛肉に依存していたため、在庫がなくなったら牛丼が提供できなくなる。関係者は大慌てだったが、どうすることもできず、ただ在庫がなくなる日を沈思黙考するだけしかなかった。結局、吉野家は、2004年2月11日を最後に牛丼の販売を停止、松屋も同月に販売を停止した。吉野家はその後に米国産牛肉の輸入が再開されるまで、メニューから看板メニューの牛丼を復活させなかった。しかし、松屋はいち早く豚丼の販売にシフトし、牛丼(牛めし)も中国産牛肉に切り替え販売した。すき家は、豪州産牛肉を使用して、半年後に牛丼を再復活させた。牛丼御三家と言われながら、牛丼への熱い思いは、歴史の長い吉野家がやはり一番強かったようだ。
輸入停止になり、牛丼業界は大混乱となった。店では、お客さんに販売する牛肉の確保に奔走したものの、米国産牛にほぼ依存していたため、代替牛の調達が困難になっていた。元々、牛肉では米国産と同じく40%程度あった輸入シェアの豪州産を使用する選択肢もあったが、ハンバーガー店のパテ用に使用する牧草飼育の牛がメインだった為、牛丼には適さず、使用を断念した経緯もある。吉野家の牛丼は穀物肥育のショートプレート(ばら肉)にこだわり、それは米国産牛でないと吉野家の味にできないとの結論から、豪州産を代替牛肉にして牛丼を販売しなかった。そして、牛丼の復活は米国産牛肉の輸入再開まで待つという方針を決め、新メニューの開発の取り組んだのである。しかし、牛丼一筋の吉野家に牛丼に代わる価値ある新メニューの開発は困難で、急遽、取引先や関係企業とと協業しながら、他のメニューを開発販売したが、どれも不評で客離れが進み、経営が弱体化していった。牛丼にこだわり過ぎて、米国産牛の輸入再開の目処を見誤り、対応が後手後手になったことは否めない。単一事業でコア商品の食材が入手困難になれば、店を閉めざるを得ないという脆さが露呈してしまった。
頑なに米国産牛肉にこだわり、在庫がなくなれば販売停止にした吉野家。牛丼への情熱とプライドを捨てきれず、経営危機に陥り、店の継続に苦労した。すき家や松屋が仕入れ先を柔軟に変更するなど分散仕入れをしてきて対応したのに、吉野家は米国産牛へのこだわりを捨てきれず、米国産の集中仕入れから変更しなかった差が出たものである。
その牛丼への誇りとプライドが軸足を移そうとする新商品開発の足枷にならないか!
牛丼一筋だった吉野家の最近は、牛丼を主力にはするものの、牛丼のトッピングも多種多彩で、カレーや鰻、鶏のから揚げや親子丼、吉野家が出すとは思えない焼魚を入れた定食などバリエーション豊かなメニューになっている。牛丼単一経営のリスクから多くのことを学びんだか、朝食メニューも豊富に用意されている。
吉野家の牛丼には味に深みがあると競合店の関係者も一目置いている。その牛丼をさらにブラッシュアップさせながら、新規顧客を開拓する為に新メニューを提供している。でも、牛丼へのプライドが足枷となり、新商品開発の妨げにならないようにしないといけない。
失敗をエネルギーに変えて今後の展開は!
飲食店は商品・サービス・快適な雰囲気などトータル商品である。以前の吉野家は、男性客が殆どで殺風景な店内雰囲気だったが、最近は女性向けのメニューを拡充し健康をテーマにした女性向きの牛丼も販売中している。そういった品揃えが功を奏し、女性が一人で来店しても違和感がないなど女性客の誘致にも成功した。女性が集まれば男性までも集まってくるといった効果も出ているそうだ。吉野家は黒と白を基調としたシックな外観や店内装飾品を一新する店の出現など、確実に雰囲気が明るくなっている。落ち着いて食べられると顧客満足度も高い。ロードサイドには、ドライブスルーを併設した店舗もあり、収益機会も多様化させている。 そうやって中長期的視野に基づき、新たな経営戦略で市場シェアの拡大に奔走しているようだ。今後も食を通じて新たな提案をして頂き、吉野家のさらなる飛躍に期待したい。